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東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)138号 判決

原告

有限会社日本サプランスプロープエンジニアリング

被告

フアンドリイ・エンジニアーズ・インコーポレーテツド

主文

特許庁が、昭和54年審判第317号事件について、昭和59年4月16日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実

第1当事者の求めた判決

1  原告

主文第1、2項同旨

2  被告

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

1 被告は、次の特許発明(以下、「本件発明」という。)につき特許権を有する。

名称 「鋳鉄の冷却曲線に最初の熱停止を発現させる方法」

出願日 昭和43年8月6日(1967年8月7日にアメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権主張)

公告日 昭和50年11月21日

登録日 昭和51年6月30日

登録番号 第820206号

2  原告は、被告を被請求人として、昭和54年1月8日、本件発明の右特許を無効とする旨の審判を請求した。特許庁は、これを同年審判第317号事件として審理した上、昭和59年4月16日、「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決をし、その謄本は、同年4月25日、原告に送達された。

2  本件発明の特許請求の範囲

過共晶であろうと思われる鋳鉄の湯の試料が湯の状態から固体状態まで冷却する間の熱停止付きの冷却曲線を得る方法に於て、該湯の試料が殆んど冷却し始めないうちに、安定剤として、ビスマス、ほう素、セリウム、鉛、マグネシウム及びテルル、およびそれらの化合物、およびそれらの混合物を湯の中に添加することを特徴とする安定剤添加による鋳鉄の冷却曲線に最初の熱停止を発現させる方法。

3  審決の理由の要点

1 本件発明の要旨は、前項の特許請求の範囲に記載されたとおりである。

2 本件優先権主張日前に頒布された刊行物である「鋳物」1858年12月号947ないし953頁(以下、「第1引用例」という。)には、亜共晶鋳鉄及び共晶鋳鉄を対象として、それに安定剤としてセリウムを添加したものの実験結果が記載されており、本件発明と関連する事項としては、セリウムの添加により、黒鉛の生成と成長が抑制されることが記載されている。

同じく「鋳物」昭和30年12月号813ないし821頁(以下、「第2引用例」という。)には、鋳鉄にテルルとセレンをそれぞれ別個に添加した場合の熱停止が発現している冷却曲線が記載されており、そのうち、本件発明と関連のあるテルルを添加する対象は、炭素の含有量の分析値が4.23%以下のもの、すなわち亜共晶鋳鉄であることが記載されている。

同じく「鋳物」昭和32年7月号490ないし499頁(以下、「第3引用例」という。)には、亜共晶及び過共晶の鋳鉄を対象として、それらに金属テルル0~0.2%を添加した場合の影響が記載されており、凝固温度に関するもの以外の影響については、過共晶鋳鉄を対象とするものについても記載があるものの、凝固温度に関する影響すなわち冷却曲線については、亜共晶鋳鉄に対するもののみが記載されている。

3 そこで、本件発明と第1ないし第3引用例に記載のものとを比較すると、鋳鉄の湯に対してテルル等の安定剤を添加して黒鉛の生成と成長を抑制することでは、両者共通するところがあるが、本件発明は、過共晶であろうと思われる鋳鉄を対象とするのに対し、第1、第2引用例は、亜共晶又は共晶鋳鉄についてのものであること、第3引用例も、冷却曲線に関しては、亜共晶鋳鉄を対象とするものであることで相違するものと認められ、過共晶鋳鉄にテルル等の安定剤を添加して、その冷却曲線に最初の熱停止を発現させることは、第1ないし第3引用例のいずれにも記載されていない。

もつとも、「過共晶であろうと思われる鋳鉄」が本件発明の実施の結果亜共晶鋳鉄であることが判明した場合と第2、第3引用例に記載のものとは、その構成においては差がないので両者は一見同一発明であるかにみえるが、第2、第3引用例のものは、最初の熱停止を過共晶鋳鉄においても発現させることを目的とするものではなく、1回の試験で必ず熱停止付の冷却曲線が得られるという効果を奏しえないものであつて、本件発明と目的、効果において相違し、ただ、本件発明が包含するところの結果的に亜共晶鋳鉄であるものが、その構成のみにおいて偶然一致するにすぎないものであるから、両者を同一発明ということはできない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点1は認める。同2は否認する。同3は、第2、第3引用例記載のものと本件発明とでその構成において差がない場合があるとする点を認め、その余は争う。

審決は、右のとおり第2、第3引用例と本件発明の構成が同一であることを認めながら、目的、効果において相違することを理由に同一発明ではないとしたが誤りであり、違法として取り消しを免れない。

1 本件発明の構成

本件発明は、その特許請求の範囲に記載されているとおり、「過共晶であろうと思われる鋳鉄」を対象とする。この「過共晶であろうと思われる鋳鉄」とは、「分析に先立つてあらかじめ亜共晶であることが判明しているもの以外のすべての鋳鉄」を意味し、したがつて、過共晶(炭素当量4.35を超えるもの)であろうと思われる鋳鉄であつて結果的に(分析により)亜共晶鋳鉄(炭素当量4.35未満のもの)であることが判明したもの、すなわち、分析に先立つてあらかじめ亜共晶であることが判明していない亜共晶鋳鉄が含まれる。

したがつて、本件発明は、次の構成の発明を包含する。

(1)  分析に先立つてあらかじめ亜共晶であることが判明していない亜共晶鉄(過共晶であろうと思われる鋳鉄であつて結果的に〔分析により〕亜共晶鋳鉄であることが判明したもの)を対象とし、

(2)  右対象鋳鉄がほとんど冷却し始めないうちに、安定剤として、テルルを湯の中に添加し、

(3)  右対象鋳鉄が湯の状態から固体状態まで冷却する間の冷却曲線に最初の熱停止を発現させることを特徴とする安定剤添加による鋳鉄の冷却曲線に最初の熱停止を発現させる方法

2 第2、第3引用例に開示されている発明

(1)  第2引用例の表1中、試料Te-7、Te-29、Te-88はいずれも分析に先立つて過共晶であろうと思われる鋳鉄であり、これらは分析の結果亜共晶であることが判明したものである。第2引用例には、右各資料の湯にテルルを添加して、炉の電気を切つて熱電対を用いて冷却曲線をとりながら炉冷したことが記載されている。

第2引用例には、右各試料の各冷却曲線そのもの自体は、図示されていない。しかしながら、Te-7は、炭素4.5%、テルル0.2%の配合値を有するもので、Fe-C-Te系の試料である。このTe-7の試料と同一量である炭素4.5%の配合値を有するFe-C-Te系の冷却曲線は、第3図(同図の「Fe-C-Se系」という記載は、「Fe-C-Te系」の誤植である)に示してあるとおりである。すなわち、第3図には、炭素4.5%の配合値を有する試料にそれぞれテルルを0.02%、0.03%、0.05%、0.1%添加した場合の冷却曲線が示されており、右各冷却曲線には明瞭に、初晶晶出に伴なう熱停止(最初の熱停止)が発現している。Te-7の冷却曲線が第3図のうち0.1%テルル添加の冷却曲線とほぼ同様の冷却曲線となることは当業者にとつて明白である。

また、被告も認めているとおり、亜共晶鋳鉄の場合、テルル等の安定剤を添加しなくても、その冷却曲線に必ず最初の熱停止が発現することは、本件優先権主張日前周知のことであり、亜共晶鋳鉄の湯にテルル等の安定剤を添加したとしても、このことによつて最初の熱停止の発現が阻害されるはずがないことも明らかであつた。現に、第2引用例の表1の試料Te-25は、分析前には炭素当量3.8%であると思われていたが、分析により炭素当量が3.56%であることが判明した亜共晶鋳鉄の試料であり、0.02%のテルルが添加されたものであるが、その冷却曲線は、第2図の0.02%テルル添加の場合として示されており、その冷却曲線には、最初の熱停止が明瞭に発現しているのである。このように、第2引用例に、亜共晶鋳鉄の湯の試料にテルルを添加して炉冷した場合の冷却曲線に最初の熱停止が発現するものであることが記載されている以上、結果的に亜共晶鋳鉄であつたTe-7、Te-29、Te-88の各試料の冷却曲線についても当然に最初の熱停止が発現するものであることを示しているといわなければならない。

以上のとおりであるから、第2引用例には、次の発明が開示されていることになる。

(1) 分析に先立つてあらかじめ亜共晶であることが判明していない亜共晶鋳鉄(過共晶であろうと思われる鋳鉄であつて結果的に〔分析により〕亜共晶鋳鉄であることが判明したもの)を対象とし、

(2) 右対象鋳鉄がほとんど冷却し始めないうちに安定剤としてテルルを湯の中に添加し、

(3) 右対象鋳鉄が湯の状態から固体状態まで冷却する間の冷却曲線に最初の熱停止を発現させることを特徴とする安定剤添加による鋳鉄の冷却曲線に最初の熱停止を発現させる方法

この第2引用例に開示されている発明の構成(1)(2)(3)は、前記1に示した本件発明に包含される発明の構成(1)(2)(3)と全く同一である。

(2)  第3引用例には、「3.18%C、1.68%Si(SC0.85)亜共晶組成の溶鉄にテルルを0~0.1%添加し、イマージヨン・パイロメーターにより冷却過程中の温度測定結果を第2図に示す。」として、その第2図(凝固温度に及ぼすテルルの影響〔テルル添加後の冷却曲線〕)には初晶晶出に伴なう熱停止(最初の熱停止)が発現している冷却曲線が記載されている。

したがつて、第3引用例には、次の発明が開示されている。

(1) 亜共晶鋳鉄を対象とし、

(2) 右対象鋳鉄がほとんど冷却し始めないうちに、安定剤として、テルルを湯の中に添加し、

(3) 右対象鋳鉄が湯の状態から固体状態まで冷却する間の冷却曲線に最初の熱停止を発現させることを特徴とする安定剤添加による鋳鉄の冷却曲線に最初の熱停止を発現させる方法

この第3引用例に開示されている発明の構成(1)は、前記1に示した本件発明に包含される発明の構成(1)を含み、構成(2)(3)は両者同一である。

(3)  以上のことは、審決も「『過共晶であろうと思われる鋳鉄』が本件発明の実施の結果亜共晶鋳鉄であることが判明した場合と第2、第3引用例に記載のものとは、その構成において差がない」として認めているところである。

そして、公知の刊行物に発明が記載されているということは、その発明の構成が記載されていればよく、その目的や作用効果まで記載されている必要はない。第2、第3引用例に本件発明に包含される発明の構成が全部記載され、その作用効果である冷却曲線に最初の熱停止が発現することが記載されている以上、本件発明は特許法29条1項3号に定める「刊行物に記載された発明」とするに十分である。

第3請求の原因に対する認否、反論

1  請求の原因1ないし3、4 1の事実は認めるが、その余は否認する。

2  審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1 請求の原因4 1について

本件発明の技術的特徴は、鋳鉄の湯の冷却過程における黒鉛の生成及び成長と冷却曲線上の最初の熱停止の発現との間に因果関係があることに着目して、テルル等の安定剤を添加することにより黒鉛の生成晶出を防止し、最初の熱停止を正確に発現させて、これを測定し、さらにはこの測定値(温度)から炭素当量対温度の対照表を用いて炭素当量の測定を可能にしたことである。すなわち、過共晶鋳鉄の湯の冷却過程における冷却曲線においては、従来の技術では最初の熱停止を発現することができなかつたところ、本件発明は、テルル等の安定剤の添加により黒鉛の遊離化を阻害し、よつて過共晶鋳鉄熔湯の冷却曲線においても最初の熱停止を発現させうることを解明したのである。

この安定剤の添加による黒鉛の遊離化阻害作用は、過共晶鋳鉄よりも亜共晶鋳鉄熔湯において、より強いことは当業者にとつて自明のことであるから、仮にそれが本件特許明細書に記載されなくても亜共晶鋳鉄に対する安定剤の添加によつて冷却曲線における最初の熱停止発現が阻害されるはずがないことは自明の理であり、したがつて、本件発明の対象とする鋳鉄は、過共晶、亜共晶を問わずすべての鋳鉄に及ぶものである。ただし、亜共晶鋳鉄においては、従来技術においてもテルル等の安定剤を添加しないでその冷却曲線上に最初の熱停止を発現することができていたので、右対象鋳鉄中あらかじめ亜共晶であることが判明している鋳鉄を特許請求の範囲から除いたのである。

以上のとおり、本件発明は、「分析に先立つてあらかじめ亜共晶であることが判明しているもの以外のすべての鋳鉄」を対象とし、特許請求の範囲に「鋳鉄の湯の試料が湯の状態から固体状態まで冷却する間の熱停止付きの冷却曲線を得る方法に於て」と記載されているように、これら鋳鉄の湯の冷却曲線上に実用に耐えうる程度に明確に最初の熱停止を発現させることをその構成の核心とするものである。

2 同4 2について

(1)  第2引用例に請求の原因4 2(1)で原告の主張する方法の構成(1)(2)の点が開示されていることは認めるが、同(3)の点が開示されていることは否認する。

第2引用例は、「鋳鉄の凝固過程に及ぼすテルル、セレンの影響」との表題が示すとおり、鋳鉄の凝固過程へのテルル、セレンの影響を調べた論文であつて、主に合金組織に対するテルル、セレンがどの様に影響するかを述べているものである。若干の冷却曲線についての記述もあるが、これは右の影響を調べるための手段として、熱分析において通常に使用される冷却曲線をとつたにすぎず、鋳鉄の湯の冷却過程における冷却曲線上にあらわれる最初の熱停止点がテルル等の添加によりどのように変化するかを研究調査するため冷却曲線をとつたものでないことは明らかである。すなわち、第2引用例の開示する技術の構成は、「溶融(亜共晶)鋳鉄の試料中にテルル・セレンを添加し、溶融鋳鉄の凝固過程を冷却曲線にとりながら、(亜共晶)鋳鉄の凝固過程に及ぼすテルル・セレンの影響を調べること」に尽きるのであつて、本件発明の核心部分である「湯の状態から固体状態まで冷却する間の熱停止付きの冷却曲線を得る方法に於て」が開示されていないことは明らかである(乙第3、第4号証)。

原告が主張するように第2引用例の開示するところが発明というためには、従来テルルを添加しない亜共晶鋳鉄の湯の冷却過程における冷却曲線に最初の熱停止が発現しないことを前提とし、テルルを添加することにより、右熱停止が実用に耐える程度に発現するようになつたことが明らかにされていなければならないところ、このような記載はどこにもないのである。

(2)  第3引用例に請求の原因4 2(2)で原告の主張する方法の構成(1)(2)の点が開示されていることは認めるが、(3)の点が開示されていることは否認する。

第3引用例は、「含テルル鋳鉄に関する研究」との表題が示すとおり、含テルル鋳鉄の一般的な性質を調べるとともに、この結果をもとにして熱間押出用ダイスの実用化に関して詳細に記述したもので、テルルの添加により白銑化した鋳鉄の実用化に関する試験結果の記述が主目的であり、テルルを添加した鋳鉄の凝固時の冷却曲線が若干掲載されているが、これはチル組織現出の補足説明のためにされたものにすぎない(乙第3号証)。すなわち、第3引用例の開示する技術の構成は、「溶解(亜共晶)鋳鉄の試料中にテルルを添加し、含テルル鋳鉄の一般的な性質に関する実験並びにチルドダイスの実用化試験をすること」に尽きるのであつて、第2引用例と同じく、本件発明の核心部分が開示されていないことは明らかである。

(3)  以上のとおり、第2、第3引用例は、テルルが鋳鉄に与える影響を金属組識学的に調べ、テルルは白銑化促進作用があると結論づけているのであつて、テルルが鋳鉄溶湯の冷却過程における熱停止冷却曲線を明確に発現させるという点、すなわち本件発明の核心である「(鋳鉄)湯の状態から固体状態まで冷却する間の熱停止付きの冷却曲線を得る方法に於て」という特徴については、何ら開示するところがない。

原告は、第2、第3引用例に実験結果としての冷却曲線が図示されており、それに最初の熱停止が記載されていることをもつて、「・・・安定剤添加による(亜共晶)鋳鉄の冷却曲線に最初の熱停止を発現させる方法」が開示されていると主張するが誤りである。

そもそも金属及び合金の熱分析方法は、金属組織学上の最も基本的な分析方法の1つであつて、金属や合金の冷却曲線又は加熱曲線上に現われる屈曲点又は停止点により、金属又は合金がそれらの変化点温度において相の変化があつたことを知る方法である(乙第3号証)。そして、金属及び合金の熱分析方法により金属組織等の分析をする場合には、冷却曲線を使用するのが通常であり、また、明確な発現か否かは別として、その冷却曲線上には初晶熱停止と共晶熱停止が発現するのである。亜共晶鋳鉄熔湯の冷却過程における冷却曲線においても、テルル等の安定剤の添加なしに、冷却曲線上の最初の熱停止は発現しえたのであり(本件特許明細書1頁右欄17行)、したがつて、たまたま実験結果としてテルルを添加した亜共晶組成の鋳鉄熔湯の冷却曲線上に最初の熱停止が発現したからといつて、これをもつて、本件発明の構成の核心部分である「テルル等の添加により鋳鉄熔湯の冷却過程における冷却曲線に耐えうる程度に明確に最初の熱停止を発現させる方法」が開示されたことにはならないのである。

このように、本件発明の構成の核心部分が第2、第3引用例に開示されていないことは明白であるから、原告が請求の原因4 2(3)において引用する審決摘示部分は考慮外におかれるべきであり、本件発明を特許法29条1項3号に定める「刊行物に記載された発明」ということはできない。

第4証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

1  請求の原因1ないし3及び4 1の事実は当事者間に争いがない。

2  成立に争いのない甲第14号証によれば、第2引用例は、「鋳鉄の凝固過程に及ぼすテルル、セレンの影響」と題する研究論文であつて、その「まえがき」に述べられているように、「鋳鉄の凝固過程に関する研究の続きとして、Fe-C系およびFe-C-Si系にテルルとセレンをそれぞれ単独に添加した場合についての実験結果を述べ」(同号証813頁左欄2ないし4行)たものであるが、その「試料および実験方法」の項には、「試料は電解鉄に電極黒鉛を加炭して目的濃度のFe-C合金およびそれに金属Siを加えてFe-C-Si合金をそれぞれ高周波炉で溶製した。これら合金の40gを縦型エレマ炉で、タンマン管の支えに黒鉛を用いて還元性雰囲気中で溶解し、金属Teあるいは金属Seを目的量添加し(最高加熱温度およびテルル、セレンの添加温度は1350度)、炉の電流を切つてPt-PtRh熱伝対で冷却曲線をとりながら炉冷した。(中略)試料の分析結果の数例を第1表に示す。」(同813頁左欄10ないし21行)との記載があり、その「第1表 試料成分の数例」には、テルルを添加した試料としてTe-7、Te-25、Te-29、Te-88が挙げられ、各試料につき、C、Si、Teの各配合値、分析値がパーセントで表示されていることが認められる。この配合値、分析値に基づき、成立に争いのない甲第2号証により認められる本件発明の訂正明細書に示されている炭素当量の定義(試料の全重量を基として鋳鉄の試料に含まれておる炭素の百分率とけい素の百分率の3分の1とりんの百分率の3分の1との合計)に従い、右各試料の炭素当量を計算すると、Te-7の炭素当量(%)は配合段階で4.5、分析の結果4.23であり、以下同様に、Te-25は3.8、3.56、Te-29は4.53、4.2、Te-88は5.5、4.16であると算出される。そして、炭素当量が4.35%を超えるものを過共晶鋳鉄、同未満のものを亜共晶鋳鉄ということは前示当事者間に争いのない請求の原因4 1の事実から明らかであるから、右各試料のうち、Te-7、Te-29、Te-88は過共晶であろうと思われる鋳鉄であつて結果的に(分析により)亜共晶鋳鉄であることが判明したものに該当する。

右の事実によれば、第2引用例には、その実験を行うに当たり、過共晶鋳鉄であろうと思われる鋳鉄であつて結果的に(分析により)亜共晶鋳鉄であることが判明したものを対象とし、右対象鋳鉄がほとんど冷却し始めないうちに安定剤としてテルルを湯の中に添加し、右対象鋳鉄が湯の状態から固体状態まで冷却する間の冷却曲線を得る方法がとられたことが開示されていることが明らかである。

そこで、右冷却曲線に最初の熱停止が発現したことが第2引用例に開示されているかどうかを検討する。

前示甲第14号証によれば、第2引用例には、その「実験結果」の項に「a)冷却曲線」として、「代表的な冷却曲線を第1~4図に示す。」と記載され、その第2、第3図にテルルを添加した試料の冷却曲線が示されていることが認められる(第3図は「Fe-C-Se系の冷却曲線」と記載されているが、同図上部の「0.02%Te、0.03%Te、0.05%Te、0.1%Te添加」との表示によれば、右記載が「Fe-C-Te系の冷却曲線」の明瞭な誤記であることは明らかである。)。この第2、第3図を見ればFe-C-Si(2%)-Te系の4つの冷却曲線においてはいずれも1210度C附近にFe-C-Te系の4つの冷却曲線においてはいずれも1170度C附近に、最初の熱停止が発現していることが明らかである。

この第2、第3図と前示第1表とを対比すると、第2、第3図には、Te-7、Te-29、Te-88そのものの冷却曲線は示されていない。しかし、亜共晶鋳鉄の場合、テルル等の安定剤の添加の有無にかかわらず、その冷却曲線に必ず最初の熱停止が発現することが本件優先権主張日前周知の事実であつたことは当事者間に争いがないから、亜共晶鋳鉄である右各試料について得られた冷却曲線に最初の熱停止が発現していることは当業者にとつて自明のことといわなければならず、したがつてまた、右第1表から0.2%テルル添加のFe-C-Te系の試料であることが認められるTe-7の冷却曲線が第3図に示されているFe-C-Te系の試料の冷却曲線のうち0.1%テルル添加の試料の冷却曲線とほぼ等しく最初の熱停止の発現が見られることも、第2引用例を見る当業者にとつて容易に理解できるところと認められる。すなわち、第2引用例には、前示冷却曲線に最初の熱停止が発現したことが開示されていると認めることができる。

以上の事実によれば、第2引用例には、原告が請求の原因4 2(1)で主張するとおりの構成(1)(2)(3)よりなる方法が開示されていると認めるに十分である。

3  第2引用例に開示されている方法と本件発明に包含されることが当事者間に争いのない請求の原因4 1掲記の発明とを対比すると、両者がその構成において同一であることは明らかであるから、両者は同一発明といわなければならない。

審決は、右構成が同一であることを認めながら、第2引用例に記載のものは、最初の熱停止を過共晶鋳鉄においても発現させることを目的とするものではなく、1回の試験で必ず熱停止付の冷却曲線が得られるという効果を奏しえないものであつて、本件発明と目的、効果において相違することを理由に、第2引用例の方法と本件発明を同一発明ということはできない旨述べている(前示審決の理由の要点3)。しかしながら、発明の目的は発明者の主観的意図にすぎないから、仮に第2引用例に最初の熱停止を過共晶鋳鉄においても発現させることが記載されていなくても、構成がすべて同一の第2引用例の方法と本件発明に包含される前記発明とを同一のものでないとする理由にならないことは明らかである。また、構成が同一であれば同一の作用効果を奏することは当然である。前示当事者間に争いのない本件発明の特許請求の範囲と前掲甲第2号証により認められる本件訂正明細書の記載によれば、本件発明において、過共晶であろうと思われる鋳鉄につき1回の試験で必ず熱停止付の冷却曲線が得られるという効果を奏することができるのは、「該湯の試料が殆んど冷却し始めないうちに、安定剤として、ビスマス、ほう素、セリウム、鉛、マグネシウム及びテルル、およびそれらの化合物、およびそれらの混合物を湯の中に添加する」という構成を採用したことにあることが明らかである。すなわち、もしテルル等の安定剤を添加しないで冷却曲線をとると、対象鋳鉄が亜共晶鋳鉄であつたならば、最初の熱停止が発現するが、これが過共晶鋳鉄であつたならば最初の熱停止が正確に発現しないため、安定剤を添加して再度分析を行わなければならないことになるのに対し、本件発明の右構成に示すとおり最初から安定剤を添加していれば、対象が結果的に過共晶鋳鉄であろうと亜共晶鋳鉄であろうと、1回の試験で必ず熱停止付の冷却曲線が得られるのであつて、このことは対象を結果的に(分析により)亜共晶鋳鉄であることが判明したものに限定した前記発明においても同様である。第2引用例の方法においても本件発明の安定剤の1つであるテルルを最初から添加しているのであるから、もし試料中に過共晶鋳鉄があつたとしても必ず最初の熱停止が発現しえたのであり、1回の試験で必ず熱停止付の冷却曲線が得られるという効果を奏することができたことは明らかであつて、前記発明及びこれを包含する本件発明と作用効果の点で相違するところはなく、作用効果の相違をいう審決の前示部分は明らかな誤りである。

被告の反論がすべて理由のないことは、前叙説示に照らし明らかであり、右判断を覆えすに足りる事実は、乙号各証その他本件全証拠によつてもこれを認めることはできない。

4  以上のとおり、本件発明に包含される前記発明が第2引用例に記載された発明と同一の発明であるから、本件発明はその余の点について判断するまでもなく特許法29条1項3号に該当するものといわなければならず、これを否定した審決の認定判断は誤りであるから、審決は違法として取り消しを免れない。

5  よつて、原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の附与につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を適用し、主文のとおり判決する。

(瀧川叡一 牧野利秋 木下順太郎)

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